1986年初春、あんざいはじめが知り合いに誘われてライヴ・イベントへの参加を決意する。
たまたま近所で働いていた佐川秀文を誘ってバンドの結成を企てる。イベント参加バンドがマーブル、コーヒービーツとすべてチョコレートに由来したネーミングであったため、ついでにチョコベビーズと命名。
初代メンバーはあんざい、佐川、戸田吉則(b./ex.SPY)、永田裕(per./ex.SPY,SPOIL)。ほとんどバンドと無縁だった二人はリリース経験者である二人に、叱られ呆れられながら涙目で練習。渋谷Take
off 7にて初ステージを経験。(その時、一番前で観ていたのがMASTA 8であった)
その後、友人の結婚パーティー、知り合いの開店10周年パーティー、ライヴ・イベントなどに誘われるたびについつい活動を再開し演奏。メンバーはその都度、二人の近所で働いていた仕事仲間を誘う。よって、カメラマン、翻訳家、編集者、デザイナー、番組プロデューサーなど、そのスジの人たちばかり。レパートリーはドリフターズ、サム・クック、ファッツ・ドミノなどのR&Bのほか、フェイセス、メラニーなどの70'Sのロック、フォークのカヴァーにも挑戦。
心意気だけは高かった。
2001年春、インターネット・ラジオ“ラジ@”のスタッフに声をかけられるまま、あんざいと佐川は二人で「ラジオ・チョコベビーズ」をスタート。インターネットでは原盤権所有者の許可なしに既成の楽曲が放送できないことを突然知らされ、あわてて自作自演のジングルを作成。ついでにオリジナル曲も作ってみることにする。当時、あんざいが連載していた「散歩の達人」の詩に、佐川が曲をつけていく。番組内ではどんどん曲が生まれるが、あんざいの遅刻癖が原因となり、番組は翌年終了となる。
2003年夏、あんざいの思いつきで、彼の個展“キャラフル・ピクニッコ”の会場B.G.M.を作ることとなる。そこで共通の友人である古田に、大胆にもプロデュース&助っ人を依頼。初めて番組のテープを
聴いた古田はなぜか快諾(!?)。ここにレイドバック・ガレージ(!?)もしくはアバンギャルド・オールド
ウェイヴ(!?)とでもいうべき、脳がとろけそうな10曲を完成させる。
その秋、音源の完成に気をよくした佐川が、あたりかまわずダヴィングMDをばらまく。
それをたまたま耳にしたレーベル・スタッフが、あまりにも微妙な空気感、世界観のために脱力、抱腹、興味を持ちリリースをほのめかす。
2004年1月、あんざい、佐川、古田、アルバム・リリースのためレコーディングを再開。古田の
練習スタジオにある8トラックのオープンリールを回して、本当に脳がとろけていった。 |